幼なじみ 98年・仏★★★
監督・脚本:ロベール・ゲディギアン
出演:ロール・ラウスト、アレクサンドル・オグー、アリアンヌ・アスカリッド他
マルセイユの恋』で絶賛を浴びたゲディギアン監督の最新作は、ジェームズ・ボールドウィンの小説『ビール・ストリートに口あらば』を、ニューヨークからマルセイユに舞台を移して大胆に脚色したもの。98年サン・セバスチャン国際映画祭審査員特別賞ほか多数受賞。

まずは簡単にストーリーをご紹介。舞台は南仏の港町マルセイユ。職人の家に生まれた娘クリムと、同じ町に住むアフリカから姉とともに養子にもらわれてきたベベは、幼なじみ。それぞれ温かい家庭で育ったふたりはやがて思春期を迎え、自然に愛し合うようになる。二人がはぐくむ愛を見守りつづけていた両親たちは彼らを温かく祝福する。18歳と16歳、若いふたりは結婚する。ある日、ベベに反感を持っていた人種差別主義者の警官によって、ベベはレイプ犯として無実の罪を着せられ、投獄されてしまう。ベベの子供を身ごもったクリムと家族たちは、ベベを救うために力を合わせるが・・・。

ロベール・ゲディギアン監督は、マルセイユに生まれ育ち、マルセイユを心底愛し、彼の作品への理解が深い仲間たちと、マルセイユを舞台にした映画を撮りつづけている。マルセイユとは南仏プロヴァンス地方最大の都市で、港町として栄え、近年はフランス屈指の工業地帯として、パリに次ぐフランス第二の都市である。『幼なじみ』は、マルセイユの中心の、古い長屋風のアパルトマンが並ぶ下町を舞台に、そこに生きる市井の人々の生活と愛情を、優しいまなざしで豊かに描ききった作品。「フランスはもともと農業国。パリだけがフランスでは特殊な街」と言われているが、ゲディギアン監督は、あくまでも地方都市マルセイユにこだわり、お気に入りの役者を使って(主演の若者たちは新人)、パリ=フランスではない、本当のフランスとフランス人の姿を人情味豊かに描く監督として、フランス映画界では白眉ではないかと思う。

人種差別主義の警官は、ベベをことごとくいじめ、無実の罪に陥れるが、この警官だけが唯一の悪党であって、それ以外の登場人物は愚直なほど善人だらけ(ベベの養母と姉は宗教に凝り固まっていて浮いているが、さほど重要な要素ではない)。幼い二人の愛を見守り、投獄されたベベを救うために力を合わせて奔走する。レイプの被害者の証言を得るためにクリムの母親がサラエボに赴くが、サラエボで出会うタクシーの運転手がこれまた「できすぎ!」と思うほど、とことん親切に協力してくれるいいヒト。・・・ストーリー的にはちょっと現実離れしたメロドラマだな〜、と思えるが、そんなプロットを凌駕する美点が、この作品にはある。

なんといっても、クリムによるナレーションが素晴らしい。街を憎むようになった気持ち、警官への憎しみ、そしてクリムとベベの初めてのセックスや妊娠が、飾らない言葉で語られている。これが実に素晴らしい。

初めてのセックスは、不思議な感じだった。
そうなることは、きっとずっと前から決まっていたのだ。
私たちが気づかなくても、
その瞬間は静かに私たちを待ちかまえていた。
のんびりトランプをしたり、
宇宙にすい星を飛ばしたり、
人に夢を見させたり、
革命をつぶしたり、
いろんなことをしながら
“その瞬間”は私たちを待っていた
(プレスリリースより)

妊娠の瞬間を、クリムが感じ取ったことも、ナレーションで語られるが、生殖と生命の誕生を、これほどまでに神秘的に、それでいてリアルに語った言葉はそうそうない(思わずメモってしまったけど、劇場でどうぞ)。ナレーションという技法は、字幕で作品を観る側としては、「映像で表現すべきことをシャベリに託すことで、はしょったな!!」と減点対象にしたくなる場合もあるけれど、『幼なじみ』でのナレーションは、映像に勝る、詩のような言霊の数々であり、この映画全体を、単なる人情物語で終わらせず、ファンタジックな味わいを加えるものとして、実に効果的だと思う。だから、小さなアトリエから港を見つめるおなかの大きな幼いクリムの凛とした横顔が、よりいっそう神秘的で美しく見えてくる。

クリム役の少女はロール・ラウストという新人で、幼さの残る顔立ちはイノセントな魅力に満ちている。イギリスのレイチェル・ワイズをさらにはかなげにした感じ(どちらとも私の好きな顔です)。しかしこれはフランス映画、大胆なヘア・ヌードも見せてくれるが、いやらしさはまったくなく、神聖な感じさえする。

また、クリムとベベの父親たちの描き方がこれまた実にしっとりと温かい。職人としての誇りが顔やふるまいににじみ出ているが、不況のなかであえぐクリムとベベのそれぞれの父親。クリムに妊娠を告げられた夜、居酒屋で酒をあおり、言葉なく抱き合って踊る父親たちの満たされた表情には、友情を超えて芽生えた不思議な絆を確かめ合うかのような、なんとも言えない至福のひとときで、これも忘れがたいシーンである。

全編を流れるピアノ曲は、リストの<愛の夢−3つの夜想曲>第3楽章「恋人よ、愛しうる限り愛せ」。これ以上の相性はないでしょう。
『幼なじみ』は地味な作品でありながら、後味はさわやかでずっしりと心に残る。出会えて良かったな、通り過ぎないで良かったな、と思う。
ただ、『幼なじみ』のプロモートに工藤静香のコメントを前面に取り上げ、彼女が描いた少女の油絵(私の苦手な作風なんだこれが・・・)がこの映画に贈られているが・・・これには興ざめする女性の方が多いのでは。

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