リトル・ダンサー |
00年・英★★★★ |
監督:スティーヴン・ダルドリー
出演:ジェイミー・ベル、ジュリー・ウォルターズ、ゲアリー・ルイス他
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男の子が女の子に交じってバレエをするなんて、みっともない!と、炭鉱労働者のパパに猛反対される少年ビリーを描いた『リトル・ダンサー』は2000年9月にイギリスで公開され、『フォー・ウエディング』の数字を上回る大ヒットとなった話題の作品。イングランド北部に育ったビリーはバレエ・ダンサーを夢見るが、家族に猛反対されてしまう。バレエの先生だけがビリーの才能を認め、ロンドンのロイヤル・バレエ団を受験することを薦めるのだが・・・。主人公ビリー役には2000人を超えるオーディションからジェイミー・ベルが選ばれた。彼自身6歳の時からダンスを習い、本作で見事な踊りを披露している。監督はロイヤル・コート・シアターの芸術監督を務めていたスティーヴン・ダルドリー。撮影監督は『トレインスポッティング』のブライアン・トゥファーノ。そして、世界のトップダンサー、アダム・クーパーが特別出演している。 |
炭鉱の街という荒っぽい男社会の中では「男の子は男らしく」育てることになっている。しかも厳しい状況に置かれた炭鉱地帯は連日スト ライキ。ビリーの父親と兄も、組合員として連日ストライキに明け暮れている。そんな中、ビリーも「男らしく育つ」ように、ボクシングを習わされている。ある日、ボクシングの練習中に、同じフロアにやってきたバレエ教室。そのときビリーは、バレエに強く魅了された。
ビリーの母親は亡くなったばかり。家には痴呆症のおばあちゃんもいる。悲しみと父親たちの労働闘争の日々のなかで、ビリーは強い男として、早く大人にならなくてはいけないと自覚している。それはビリーにところどころに現れる、ちょっと冷めたような、小生意気な話し方にも見られる(だけど、気の利いたジョークが織り交ぜられているあたりはイギリスっ子的)。だけど、ビリーが本当にやりたいことはバレエなのだ。ビリーは父親に隠れて、こっそりバレエ教室に通う。
晴天の霹靂のように街中で繰り広げられるビリーのダンスシーンが衝撃的に素晴らしい。怒りや悲しみ・・・身体の内側にくすぶる感情が、情熱となってはじけていくような躍動感にあふれている。ダンス・シーンを見る前は、ビリーを演じるジェイミー・ベル少年の、やや地味なルックスと控えめな演技から、劇中に出てくる『トップ・ハット』のフレッド・アステアのような、気品のあるダンスを見せてくれるのかなあと勝手に想像していたが、彼はむしろジーン・ケリーのような、パワフルに外へ外へと爆発するような踊り方だった。ケリーファンである私としては、嬉しい誤算!
ビリーがロイヤル・バレエ団へと夢の駒をすすめていく過程には、ふたつのサクセスがある。
ひとつは階級の突破。ロイヤル・バレエ団の入団試験で、その格調高い美しい建物の中で、ビリー親子はかわいそうなぐらいみすぼらしく浮いていている。試験官の前でビリーはぎこちなく踊り、控え室ではお坊ちゃん風の受験者とケンカもしてしまう。しかし、試験官が見ているのは、ビリーのダンサーとしての資質とダンスに対する情熱だ。バレエは限られた階層のものとして考えられがちだが、ロイヤル・バレエ団は、「ロイヤル(王室)」と冠されてはいても、人種や階級の壁を超えて、才能のある者には門戸が開かれている。熊川哲也はロイヤル・バレエ団初の白人以外のプリンシパル(トップ・ダンサー)だったが、その後もロイヤル・バレエ団では続々と有色人種のプリンシパルが誕生している。
そして、ジェンダーの突破。性差別撤廃というのは、男女間に生来的な能力の差がない、知的産業をおこなう都会において有効な話であると思う。炭鉱労働は厳しい力仕事で、女の体力でできるものではない。絶対的に男の仕事だ。だからビリーの家庭や周囲の環境のなかで男女の性役割が別れるのはごく自然のこと。ビリーはボクシングを習わされ、バレエは女の(また、上流階級の)趣味として、ビリーの町から男性のバレエダンサーが出たことはない。父親もはじめはビリーがバレエを習うことには頭から反対をしていた。しかし、ひょんなことからビリーのダンスを見た瞬間に父親の考えは180度変わる。ビリーの熱意と才能に心を動かされたのだ。ビリーのダンスで感化されるもうひとりの人物は、ビリーを見出した中年バレエ教師。彼女もビリーとの出会いによって、バレエ教師としての自信を取り戻していく。ジェンダーの突破という意味では、ビリーの親友のマイケルの存在も象徴的。マイケルは自分がゲイであることを自覚しはじめ、ビリーと同じように居心地の悪さを感じていたが、未来へはばたいていくビリーを見て、自分らしく生きることを決意する。
真の才能と実力のある者は、あらゆる社会的な縛りを解き放つものなんだなあと思わされる。階級や人種というものにとらわれていないロイヤル・バレエ団は、本物の芸術を見せてくれるんだろうなあ。25歳になったビリー(アダム・クーパー。英国を代表するトップダンサー。ロイヤルバレエ団では熊川哲也と同期。鍛えぬかれた身体が美しくて、めちゃめちゃかっこいいぞ。舞台を観たい!)の主演としての初舞台。それを見守る懐かしい人たち。もう、思い出すだけで泣けてくる。
『リトル・ダンサー』は、さわやかな感動を与えてくれる傑作。また、ユーモアが随所にちりばめられていて、暖かくて上質な笑いもいっぱい。『フル・モンティ』以来のイギリス映画のマイ・ベストです。
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