トラフィック 00・米★★★★
監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:マイケル・ダグラス、ベニシオ・デル・トロ、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ他
89年デビュー作『セックスと嘘とビデオテープ』でカンヌ映画祭グランプリを受賞、一躍インディーズ映画の雄となり、近年は『アウト・オブ・サイト』『エリン・ブロコビッチ』とヒットを飛ばしつづける俊英スティーブン・ソダーバーグ監督の最高傑作。メキシコ、オハイオ、サンディエゴの3つの舞台に、150人を越す登場人物をあざやかにさばき、アメリカに巣食う麻薬犯罪の現状を描く。2001年アカデミー賞最優秀監督賞、脚色賞、助演男優賞ほか、数多くの映画賞を受賞し、映画史に残る傑作として評価されている。

根深くはびこっているアメリカの麻薬問題を、その「流通」を中心軸にして描いた作品。メキシコ、オハイオ、サンディエゴの3都市を舞台にした群像劇スタイルで、麻薬を輸出入する者、取り締まる者、売買する者、汚染される者という、麻薬問題にまつわる最大公約数のシチュエーションを、深く掘り下げて描く。それぞれに展開されるドラマは濃厚で、登場人物のキャラクター設定や演出も骨太、バラバラなドラマの同時進行のようでいて、根がつながっているということが次第に浮き彫りになるストーリーの運びも見事。大勢の登場人物が交差するドラマを、2時間45分の映画にまとめた編集も絶妙としか言いようがない。

しかし、『トラフィック』は、かなり脳みそに汗をかく。私はそう。もう、アタマ飽和ギリギリ。テンポは早いわ、出てくる人は多くてややこしいわ、目を凝らしてしっかり筋を追い、アタマの中で整理しながら観ていかないと、大混乱してくる。それを避ける工夫として、メキシコはイエロー系の荒い映像、オハイオは冷たいブルー系、サンディエゴはレッド系という色と質感でヴィジュアル的に区別しているが。1度観てわからなかったら、2度観よう。その価値は十分にある作品だと思う。

3つの舞台には中心となる登場人物がいる。メキシコの刑事ハビエール(ベニシオ・デル・トロ)、オハイオの麻薬取締連邦最高責任者ロバート(マイケル・ダグラス)、麻薬王の妻(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)。
中でもアカデミー賞助演男優賞に輝いた、ベニシオ・デル・トロ演じるメキシコ人の刑事ハビエールがいい。メキシコ=アメリカの国境警備に従事する刑事ハビエールは、サラサール将軍に依頼されて、麻薬組織潰しに協力するが、実はサラサール将軍の陰謀の片棒を担がされていたことを知る。麻薬組織の大きさと問題の根深さには、個人の努力はまったく及ばないことを知リ尽くしているハビエールは、それでも自分にできる限りの闘いをしていくしかないと思っている・・・・。海の水をバケツで汲み取り続ける日々のような、麻薬問題との闘いの空しさを、デル・トロが繊細に演じている。この人の演技、本当にすごいよ!カルテルに雇われている殺し屋フロレスをおびき寄せる酒場のシーンが特に!バーでフロレスに近づくハビエール、何気なく赤いコンドームを入れたマルボロをちらつかせんの。んで、いかにも「同好の士」を装って、ねっとりした手つきでフロレスの煙草に火をつけ、意味ありげなニンマリ・・・・。そして、あっさりフロレス捕獲。この、ハビエールの刑事としての百戦錬磨ぶりは随所に描かれているけど、この酒場のシーンのデル・トロのウマさには誰もがうなった!!私はこのシーンを観るためにもDVD買う。
キャサリン・ゼタ=ジョーンズもいいぞ!夫の本当の姿を何ひとつ知らずに、裕福な実業家の奥様していた彼女は、夫の逮捕を機に、社会的信用も友達も失い、孤独な闘いを強いられる。やがて彼女は獄中の夫に代わり「ビジネス」をみずから継ぐ。この、女としてのもろさを持ちながら、毒々しいまでのしたたかさを発芽させていくゼタ=ジョーンズの極妻ぶりは、怖いぐらい?ハマっている。
麻薬に汚染されるロバートの娘キャロライン(エリカ・クリステンセン)。彼女やその仲間は水準以上に裕福な家庭で、家族環境にもさほど問題のない高校生だが、麻薬はいまや悪い連中だけのものではなく、普通の高校生たちの間にも流通されていることがわかる。社会のシステムについて、青臭い議論をぶつけあいながら、コカインを吸ったり。キャロラインのクラック(かなり強いドラッグらしい)初体験のトリップシーンが印象的。あまりの恍惚感に感極まって涙がひとすじ流れる(クリステンセンのアドリブだとか)。それだけなのに、「そ・そんなにいいのか」と身体がt固まった。この短いシーンは、クラックの味から抜けられなくなったキャロラインが、どんどん転落していく恐怖へのプロローグとして、脳裏に焼きつく。クリステンセン、美人ではないが、アメリカの等身大のティーンエイジャーをリアルに演じきった。いい新人だ。

アメリカの麻薬問題は根深い。政府も麻薬戦争においては負けが込んでいる。ひとつのカルテルをつぶしても、他のカルテルが強くなるだけ。麻薬との戦いは、いつまでも終わらない闘いのようだ。『トラフィック』では麻薬問題の解決策を提示しているわけではないが、この終わらない戦いの中で、個人が微力をつくして戦っている姿を、極めて現実的に、リアルに描ききった。ひとつひとつのエピソードは丁寧に作られ、人物描写も繊細なため、受ける感動も大きい。
映画製作の技法、エピソード、そしてベテラン新人ともに役者陣のパワフルな名演技。すべての要素において完成度が高い、すごい映画!

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