5/25(火)グラナダ
普通のことが普通にできない

暗い気分のままグラナダの朝を迎える。今日は昨日買ったお土産と不用な荷物(自由旅行では1グラムでも荷物を軽くしたいのである)を郵便局から航空便で送り、夕方発のコルドバ行きのバスの予約をして、バスの時間までアルハンブラ宮殿などを見学する予定。うん、私にしては要領のいい予定組みではなかろうか。
・・・と思いきや!まず出鼻をくじかれたのが郵便局。「小包」「郵便貯金」等の掲示くらいは英語で書かれているだろう、ここは観光地だしね。とタカをくくっていたが、そんなインターナショナルな親切は皆無!なるべく親切そうな局員を選んで話し掛けてもみごとなほどに誰一人として英語が通じない。仕方がないので適当な列に並び、順番を待つ。『旅の会話集ヨーロッパ6カ国語』のスペイン語の「通信 郵便局で」ページをめくり、「航空便で送りたい」を必死で暗唱する。私の番が来るが、係員は「まずこれに記入してから来てネ」というようなことを言い、送り状を渡される。これがまたスペイン語オンリーの送り状。トホホ。会話集の単語を引きながら懸命に書くが半分もわからず、かなり適当に仕上げる。しかし、どうにか東京に送ってくれという私の気迫だけは伝わるだろう。再び列に並ぶ。ヨーロッパにも小包用の「ゆうぱっく」袋があるらしいから、それに入れてもらって・・・と思うが、甘かった。どうもスペインの郵便局はそんなことやってくれないらしい。途方に暮れる私に、局員は一語一語ていねいに説明してくれるが、どうていねいに言っくれてもスペイン語だから意味ナシ。唯一英単語が混じっていた。「ブックショップ」。本屋に行けってこと?きっと本屋が小包にしてくれるのね。と察して、近くにある本屋に行く。しかし、どうもその本屋ではできないらしい。「Mesones」とだけ書いた紙を渡される。
もう何がなんだかわからず、困り果てた私はツーリスト・インフォメーションに救済を求めた。「May I help you?」と英語で迎えられたとたんに目頭がじわ〜んとする思いがした。英語を聞いただけでホッとするなんて、なんというめざましい進化だろう。艱難辛苦も時には必要なのかもネ。たどたどしくことの顛末を説明をしたら、郵送物はMesonesという通りにある特定の本屋で小包にしてもらうものだということが判明。これは『地球の歩き方』には書かれていないので投書してあげようと思った(いまだにしていない)。本屋までの地図をもらうが、道に迷う。私はどうも方向音痴のケがあるとはうすうす感じていたが、さすがに自分が嫌になってきた・・・。ようやくおばあちゃんが営む古びた本屋にたどり着き、荷物を小包にしてもらう。小包ったってただ薄い茶色の紙でグルグル包んでガムテープをビビビッと貼るだけ。中身はお皿だぞ、一応Tシャツや本などにくるんだり挟んだりして保護しているけど不安だなあ。もうどうでもいい。早く小包問題から開放されたい。また郵便局まで迷い、高い送料を払って(7000円くらい?)とにかく局員に預けた。終わった〜!すでに昼を過ぎていた。こんなさもないことに3時間以上も費やすなんて。日本で簡単に済ませる仕事も外国ではひどく困難になることがある。不自由すぎる、悲しい。
(その荷物の後日談。遅くても2週間ほどで届くはずの荷物が、2ヶ月間もどこかで迷子になったあげく、やっと届いた時は中身の皿が一つ残らず割れていた。おそらくスペイン人郵便局員にブン投げられたんだろうと想像できるが、シブヤ郵便局がさも済まなそうに皿代を負担してくれた・・・。それに引き換え、おそろしく冷たかったのがアメリカン・エクスプレスの旅行保険。この件は郵便局間の問題でアメックスの責任の範囲外だろうけど・・・。旅行中に電話したトラベル・アシストも全く役立たずだった。
割れた皿は、元プラモデル少年のツレアイがボンドで接いで復元した。ツギだらけの絵皿は、ぶきっちょな旅を物語るかのように、今も自宅の壁に飾られている)

災い転じて・・・
ピザ風トーストとカフェ・コンレチェ(カフェオレ)で昼食をとってホッとしたのも束の間、急いでバス乗り場に向かい夕方のコルドバ行きのバスを予約し、荷物をコインロッカーに預ける。ああ〜っ、グラナダでの時間は2時間しか残っていないよう。バスは1時間おきに出ているけど、なるべく明るいうちに移動して早めに宿を確保したいもの。グラナダの観光の時間があまりにも短い!『時雨の記』という吉永小百合主演のメロメロ映画で、小百合に恋する渡哲也が夢見るような足取りで歩いていた旧市街アルバイシン地区も行きたいのに、時間がない。とりあえずアルハンブラ宮殿はどうしても観たい。大好きなクラシックギター曲「アルハンブラの思い出」の舞台だし、イスラム風の建築も好きだから。
しかし、たどりついたアルハンブラ宮殿の入り口のチケット売場は長蛇の列。しかも電光掲示板には「今日の昼の入場チケットはSOLD OUT」と。行列は夜の部の入場券と明日の昼の部の入場券を求める列だ。やり場のない怒りがフツフツと込み上げてきた。グラナダって腹が立つ町だ!町はキタナイし、チンピラは多いし、観光地のくせに郵便局は外国人に不便極まりない。その上入場できないだって〜!?そう言えばさっきのバス乗り場で国際電話をしていたアメリカ人旅行者が「ファッキン・グラナダ!」と連発していた。同感だ!もう二度と来るもんかこんなとこ!怒りが沸点を越えてしまった。
ちょうどそこにひとりの日本人男性がいたので、チケットについて尋ねようと声をかける。親切そうなその男性に、怒りがおさまらない私は失礼にもグラナダへの不満をぶつけてしまう。外国の地でいきなり日本人の愚痴を聞かされるなんて災難この上ないが、その男性はふむふむ聞いてくれる。ひとしきり愚痴を言ったらすっきりしたので、落ち着いておしゃべりをする。その人は色々旅の知識があるだけではなく、かなり教養と良識がある人のようだ。年齢も近い。そして、いい意味でモノカキさんの匂いがするなと思ったら、やはり劇作家さんであった(構想中の小説の取材を兼ねた旅行とのこと。現在も連絡を取らせていただいている)。「グラナダに来たんだから、アルハンブラは観た方がいいのでは?」という助言に励まされ、グラナダにとどまることに決める。気を取り直して明日のチケット売場に並ぶうちに一人旅の日本人の輪ができ、みんなで夜食事をしてフラメンコを見にいこうということになった。こ、これは素晴らしい展開だ!急いでバス乗り場に荷物を取りに行き、バスをキャンセルし、今夜の宿をさがす。昨夜の「ブリッツ」は残念ながら満室なので、適当に入った安宿。ブリッツに比べるとかなりボロく、眠るだけの宿であるが、なんと1500円程度という安さである。食事中の口をもぐもぐさせながら、にこやかに部屋を案内してくれた宿の主人もとても感じのいい人だったのでここに決める。
夕方我々は広場に集合し、夕食は久しぶりにきちんとした食べ物を、ということで入ったのがオープンテラスのレストラン。サングリアで乾杯し、南スペインの名物冷たーい野菜スープ、ガスパッチョにサラダにパエリヤと、おいしい食事であった。そして、劇作家Kさんが予約してくれた送迎付きのフラメンコショー&夜のアルバイシン地区めぐりのツアー(サングリアつき)へ。「ロス・タラントス」という、有名なタブラオ(フラメンコ酒場)は、ヒターノ(ジプシー)の居住区にある洞窟に作られた不思議な店である。早めに到着できたため、我々一行は最前列に座ることができた。やがてアメリカ人の団体などで満席になる。K氏とグラフィックデザイナーの青年はスペインからジブラルタル海峡を渡ってモロッコに入る時の注意点などを話し合っている。ほどなくして証明が消える。激しいパルマ(手拍子)が鳴り響き、ダンサーが立ち上がり踊り出す。鳥肌!フラメンコというのはこれほどまでに情熱的な世界だったのか。人生の苦しみや喜び、愛憎のすべてが激しいカンテ(歌)と踊りにこめられているのだ。まるで身を切り裂くような激しい情念に満ちている。これほどの生々しい感情のうねりを私は知らない。また、風雪を耐え抜いてきたような中年のダンサーの踊りが何とも素晴らしいのだ。フラメンコは生身の人間そのものなんだなーと感動し、ぼんやりしたまま、ツアーの続きのアルバイシン地区やライトアップされたアルハンブラ宮殿の景色を見物した。途中でいただいたサングリアも美味しかった。
昼間、アルハンブラ宮殿の前で腹を立てたままコルドバに行ってしまっていたら・・・・と思うと、今日の幸運と出会いにとても感謝したくなった。宿では、となりのアメリカ人の部屋から漏れる汚れたスニーカーの匂いがフロア中に充満していたり、共同シャワーのお湯が出ないで飛び上がったけど、さほど怒らなかったもんね。

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